バナナ

「ね、ね、どう?」 
家に帰って来るなり、佐助は私の周りを衛星のようにくるくる回る。
「何がだ」
私は眉をひそめ、佐助を足の先から頭の先までくまなく見るが特に変わったところはない。(と思う)
髪を切ったわけでもなさそうだし、新しいネクタイをしているわけでもない。
何がどうなのか全くわからなくて、私は首をかしげた。
「そんなにわかんないかぁ」
佐助はそう言って自分の腕をくんくんと嗅ぐ。
つられて私もすんすんと鼻を動かした。
「…香水を変えたのか?」
「ピンポーン。社で開発してる男性フェロモン入りの香水」
「男性フェロモン…」
「よくCMであるでしょ、つけるだけで女が寄ってくるみたいなの」
そう言われて脳裏に、清涼スプレーを一噴きかけただけで女がごまんと走り寄ってくるCMが思い出された。
そんなのあったなと呟けば、佐助は何かを期待するような瞳でこちらを見つめている。
「なんだ、まだ何かあるのか」
「だからさぁ、どう?この匂い?」
「…………」
佐助の言葉につられるようにもう一度匂いを嗅げば何とも形容のし難い、甘い匂い。
花の香りに似ているような気もするが少し違う。
嫌な香りではないが、なんだかこう、落ち着かない気分になる。
佐助にじっと見つめられているのが急に気恥ずかしくなってきてついつい目が泳いだ。
佐助はそれを見逃さず、目ざとく言う。
「ね、どう?どんな気分?ムラムラする?」
「こ、こんなものでするわけがないだろう」
「ふーん、その割には随分匂い、かいでるみたいだけど?」
佐助はいやらしい程にやついた笑みを浮かべながらひくひくしてたよと鼻の横に手を添える。
私は思わず鼻を押さえた。
「うるさい、確かに良い匂いだ。だがそれだけだ」
「ホントにィ~?」
「そうだと言っているだろう!」
私が激高したのに慌てた佐助は、わかった、わかったよと調子を合わせると俺様着替えてくるねと踵を返す。
「あ、ねぇ」
首だけをこちらに向け、何かを思い出したように声をあげる。
「なんだ」
「バナナとか食べてみる?」
「…いらん」

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