暑さ寒さもなんとやら

「あつい!!」
眉間に痕がつくんじゃないかというくらい力一杯しわを寄せた女は、誰に言うでもなく悲鳴に近い声を上げる。
ここはわずかに冷たいと、フローリングの床に這いつくばってはそれが彼女の鳴き声であるかのように『あつい』と喚いた。
「そんなこと言ったってしょうがないっしょ!」
いい加減読書妨害だとソファから身を起こしかすがの方へ向き直ると、その辺にあったうちわでかすがをあおいでやる。
「あつい!こんな温い風では駄目だ!」
「駄目ったって…エアコン壊れてるんだからしょうがないだろ」
「しょうがなくない!何か良い案を考えろ!」
そんなめちゃくちゃなとこぼしながらも女王様がそういうなら仕方がない。
俺様は小さく溜め息を吐くと、何か良い案とやらを懸命に考えた。
テーブルの上に長い事置かれ、まるで汗のように水滴が吹き出した
お茶のペットボトルを見つめながら、いろいろ出来ることはありそうだとほくそ笑む。
「じゃー、例えばさ?」
「なんだ」
「海に行くとかどう?」
暑いなら海に入れば涼しいし、かすがの水着姿も見れて一石二鳥だ。
我ながら良いアイディアが浮かんだと満足していると、床にうつぶせになった女王様からは“めんどい”の4文字。
「じゃあさ、じゃあ、プールとかは?」
海に比べると開放感はやや落ちるが、プールでもいい。
一つの浮き輪に二人で入るとか実は俺様憧れてたりする。
(それで流れるプールでずっと回ってる…みたいなね!)
しかし女王様から返ってきた答えは相変わらずだった。
「…めんどい」
「…ちょっとぉー、やる気あんの?」
「ない」
やれやれと肩を竦めると、テーブルの上のペットボトルからお茶をコップに注ぐ。
生ぬるいお茶をごくごくと一気に飲みきれば、かすがは床から身を起こした。
「私にもくれ」
「同じコップでもいい?」
「ああ」
もう一杯お茶を汲んでかすがに手渡すと、同時に
素晴らしいアイディアが脳裏をかけめぐった。
「わかった!」
「なんだ!」
「俺様が子供用のミニプール買って来るからさ、一緒に入るってのは――「却下」
「もー、どうしたいの」
「水着にはなりたくない」
「あっそ」
もう付き合いきれないと、ソファにダイブしてアイスでも食べて風呂でも入ればと投げやりに言えばかすがはそれだ!と声を上げる。
「な、何が?」
「アイスだ!ア・イ・ス!」
それがどうしたのと訝しげな視線を送ると、かすがは右手の親指で玄関の方を指差した。
我が家の冷凍庫には現在アイスの類いはない。
何だかとても嫌な予感。
「…もしかして俺様に行けって?」
「どうせ暇だろ」
「そのセリフ…そっくりそのまま君に送ろう」
「うるさい、さっさと行け」
小さく舌打ちをして、のろのろと立ち上がった。
こうなった以上、行くしかない。
そういえば忘れちゃいけないと、かすがに向かって手のひらを差し出した。
「なんだ?」
「お金」
「そんなもんお前が出せ」
「えー!」
さすがにそれはないんじゃないのと言いかけて、口をつぐんだ。
かすがは不思議そうに俺様を仰ぎ見る。
「じゃあかすがのビキニで手を打とう」
真顔のままそう言えばかすがは面食らったような顔をする。
「な、なぜそうなる!」
「ちなみに色は白でお願いします」
そう言うなり、かすがの答えを聞かないまま部屋を飛び出した。
後ろ手でかすがが“おい”とか“ちょっと待て”とか言ってたけど、聞こえないふりをして家を出る。
律儀なかすがのことだ。
借りを作るのは嫌だからとか言って水着になってくれるに違いない。
(そうでも思わないとやってらんない)
こりゃ帰って来るのが楽しみだとほくそ笑みながら、
なんだか外の暑さも気にならないような気がしてついスキップした。

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