朝の1コマ

「い、今何時だっ…!!」
自分の叫び声と同時に思い切りベットから飛び起きた。
枕元の携帯を慌てて開くといつもより一時間は遅い時間にサーっと血の気が引く。
寝巻きなのも構わずリビングに飛び出すと、佐助がスーツにエプロンというなんとも情けない姿で新聞を読んでいた。
「あ、おはようかす「貴様っ!なぜ起こさないっ!」
佐助の声を遮って開口一番にそう怒鳴りつけると、佐助は複雑な顔で苦笑する。
「かすが、“私の部屋に入ってきたら殺す”っていつも言ってるじゃん」
「―――時と場合を考えろっ!」
はき捨てるように言って、こんな奴と喋っている暇はないと思い直した。
すぐに自室に戻って扉を強く閉めると、手早く寝巻きを脱ぎ捨てた。
シャツを着てスーツに着替える。
(嗚呼、こんなときに限ってシャツのボタンがうまくいかない)
なんとかストッキングまで履き終えると鏡で自分の顔を睨み付け、化粧ポーチを鷲づかみにして鞄の中に押し込めた。
とにかく8時の電車に乗ればセーフだ…!現在の時刻は7時50分。
走ればぎりぎり乗れるはずだ。
すぅと大きく深呼吸をして、玄関に急いだ。
途中佐助がご飯は、と呼びかけてくるがそんなもの食べている時間はない。
いらんと短く返事をして、ヒールに足を入れた。
「じゃあ、行くからな…!」
佐助に声をかけて玄関のドアノブに手をかけると、後ろからちょっと待った!と声がする。
「なんだ!」
「サイフ持った?」
「…持った!」
「定期券は?」
「…持っている!」
「ご飯は?」
「…どこかで買う!」
私は苛立たしげにヒールの踵を地面に打ち付けながら唇を噛んだ。
早くしろ!こっちは一分一秒を争うのだ…!
そんな私とは対象的に佐助は特に慌てた様子もなく言う。
「だーめ!どうせカップめんになるんだから!そう言うと思って俺様作っておいたよ」
紙袋に入ったお弁当と思われるものを差し出された。
私は仕方なくそれを受け取ると今度こそ玄関の扉を開けた。
「あっ、待って!」
「今度は何だ…!!」
「今日雨振るらしいから置き傘!」
「~~~~」
私は置き傘を佐助から奪い取ると、今度こそ、今度こそ玄関から外に出た。
「あっ、それから!」
またも佐助が呼び止めるので、仕方なく後ろを振り返った。
「大事な忘れ物」
振り返ると佐助はいつのまに私の真後ろにいて、不意打ちで額にキスをされた。
(キスだと気付くまでに数秒を要したが)
「―――!!」
「な、んなっ…!」
声にならない声を上げて私は後ずさる。
顔がじわじわと熱くなるのを感じて、発汗するのが分かった。
「へへー、いってらっしゃい」
照れくさそうに笑う奴を見ると、ますます顔の温度が上がって。(恐らく殺意によるものだ)
顔から火か出るというのはこういうことか、と改めて感じてしまった。
「チッ」
私はとりあえず舌打ちをして、玄関を思いっきり閉めた。
(帰ったら、覚えていろ…!)



「へへーやっちゃった…!」
ガチャ
「あっ、か、かすが!ど、どったの?わ、忘れ物?」
「…マキロンをよこせ」
「へ?なんで?」
「…消毒をする」

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