あの木の上で ※佐助死亡後捏造/オリジナルキャラあり

いつも来ていた大きな木の上に、久しぶりに一人たたずむと もたれかかるように身を預けた。 以前はお気に入りだったその場所も、あいつが居なくなってからはすっかりご無沙汰だった。
“ご無沙汰”というよりも正直に言えばここへ来るのは気が進まなかった。 ここはあいつとの思い出…というと言いすぎだが、そのような思い出したくもない思い出が強く残っている。
あいつとやりとりした会話やあいつの影、息遣いまでもが鮮明に蘇りそうで、私は怖かった。 それでもここへ来たのは仕事のためだ。
武田の動向を知るにはここを通らねばならない。 信玄が病に伏したという噂をあのお方はひどく気に病んでいらっしゃる。 様々な想いを振り払うようにかぶりを振ると、瞬時背後で殺気を感じた。 すぐさま他の木の枝へ飛び移ると、先程まで居た場所に大型の手裏剣が突き刺さっていた。 ―――この手裏剣は―――。 見慣れすぎていたその大きな手裏剣に、胸が詰まった。
「佐助――――」
獲物が飛んできた方へ目をやれば、そこには見たこともない 真っ黒な忍び装束に身を包んだ、漆黒の瞳を携えた男が立っていた。 手には佐助の大型手裏剣を手にして。
「…俺は隊長のように甘くはない」
佐助とは似ても似つかない低い声で呟くと、同時に大きく振りかぶった。
「クッ……!」
舌打ちをする暇もなく、再び大型手裏剣がこちらへ飛んで来る。 それをすれすれの所で交わすと、触れてもいないのに少し切れた。 どうやらこの男、現在の真田隊隊長らしい。
「待てッ!私は、殺り合いに来たのではない!」
武田信玄の病状を偵察しに来ただけだと付け加えると、男はわずかに顔をしかめた。
「…隊長なら教えてくれたってわけか?」
「それは…」
言葉を詰まらせる私に、男は容赦なく手裏剣を投げつける。 こちらも苦無を投げながら応戦するも、男には当たらなかった。 このままでは分が悪い。 仕方なく撤退しようと後方へ下がると、着地地点目がけて 先程投げたはずの私の苦無が飛んできた。
「――――!」
この距離では避けられそうにない。 そう思った途端に、 信じられないくらい辺りがゆっくり動いているように感じて、男が立っている位置も、自分の脚に苦無が突き刺さりそうになるのも、はっきりと見えた。 そしてそれが痛みに変わるより前に、何かが目の前を通り過ぎた。
「!?」
「何だッ!?」
男も想定外だったようで、同時にそちらへ目をやった。 苦無を弾いて私の前を通りすぎたそれは、静かに枝に止まると、カァと一声鳴いた。
「佐助?」
思わず呟いた名前に、漆黒の鴉はもう一度カァと反応する。 枝の上で闇にとけながら、目だけが爛々とこちらを見ていた。
「お前…」
佐助が居なくなった後は、一体どこでどうしていたのか。 鴉はまるで“行け”と言っているように、首を上下に振った。 …佐助みたいに。
そう思ったら、胸に熱いものがこみ上げて目の前が滲んだ。すぐに歯笛を吹くと、あっけにとられている男を後にしてフクロウの足に捕まった。
(佐助!佐助!佐助…!)
声にならない声が後から後から漏れて、嗚咽を何とかこらえるのが精一杯だった。 純白のフクロウが心配そうに一声鳴いて、涙が零れるのも構わずに、やっとのことで後ろを振り返った。
お気に入りだったあの木の上には佐助の相棒が止まっていて、 こちらを見るともう一度カァと鳴いた。

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