愛みなぎってます

いつもの通り、彼女の前へ颯爽と登場するやいなや、何しに来たと罵声を浴びせられる。 丁度お使いの帰りだろうか? 今日のかすがは珍しく大荷物で、風呂敷を背負っていた。 もしかして、という期待が膨らむ。
「良いじゃない、会いにきたって」
「…お前が理由もなしにここへ来るとは思えん」
明らかな不審顔に苦笑しつつ、単刀直入に切り込んだ。
「チョコレート、ちょうだい」
「………」
「チョコレート」
「………」
「黒くて甘いやつだよ」
「……ない」
「ない?」
「そんなものはない」
はっきりとした口調に気圧され、思わず後ずさった。
「こっ、恋人たちの一大イベントだっていうのに?」
「だれが恋人たちだ」
「…ケンシンサマには?」
「ない」
まさか愛しの謙信様にも“ない”だなんて誰が予想しただろうか。 上杉謙信がもらえないのに俺様にチョコがあるはずがない。
「今年は忙しかったの?」
それとも台所、出入禁止になった?と揶揄すればたちまち苦無が飛んで来る。
「いいか、良く考えろ」
「へ?」
「なぜチョコレートなんだ?」
「…え」
あまりにも本質的な質問に思わずかすがの顔を二度見した。
「お前はチョコレートが好きか?」
「い、いや別に…」
「そうだろう?謙信様だって同じだ。酒をこよなく愛するお方なのにチョコレートなどもらっても嬉しくないはずだ」
「そう?」
「そうだ。だから私の今年のバレンタインは鹿児島へ赴いて地酒を買ってきた」
「へぇ」
「おつまみで牛タンもな。まさに西へ東への奔走だった」
随分と大げさに深みを持たせた声色でいうので、迷走の間違いじゃないのと心の中で突っ込んだ。
「ふーん。じゃあこれから渡しに行くんだ?」
「ああ」
背中の風呂敷の意味はそれか。嬉しそうな表情が滲み出ている彼女にちくりとしつつも、ひとりごちて納得する。
「で?俺様にはないの?」
「…お前の好きなものなんて知らないからな」
「俺様の好きなもの…ね」
〝かすがだけど〟という単語は脳のはじっこに追いやった。 嫌いなものなんてないよ、と伝えればかすがは 好きなものもないだろ、と皮肉る。
「欲しいものはないのか?」
「…欲しいもの?」
「そうだ。ひとつやふたつあるだろう?」
「忍びに物欲はないよ。でも、強いて言えば…愛…かな」
「………」
冗談のつもりで言ったのだがかすがはやや憐れんだ表情でこちらを見つめている。 若干腹立たしいのは気のせいだろうか。
「そんなお前に、丁度いいものがある」
無愛想な表情で、持っていた風呂敷から取り出したのは薄っぺらい冊子。
「これは南へ赴いた時にもらったものなのだが」
私には必要ないから、と言って受け取った。 かすがにしては珍しく優しい。 かすがを一瞥し、おもむろにその冊子を見ればタイトルにはこう記載してあった。
“あなたに愛いっぱい~すばらしきザビー様の教え 完全版~”

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